母との再会
前回のブログで述べたように、受験老人は先日、久々に帰省した。
父の世話が中心だったが、母の入所している施設にも手続きで行かねばならなかった。
母の入居施設はまだ、たとえ身内の者であれ、外部からの面会禁止を続けている。
あまりに慎重すぎるのではと、母に会えない焦燥感はある。
ただ、介護施設の場合、入所者一人が感染すると、施設全体に広がってしまう。
認知症の人たちに、ずっとマスクを付けたり手洗いの慣行を強いるのも酷である。
なので、完全遮断というのが施設にとっては一番手っ取り早い安全策なのだ。
さて、今回、施設の受付で手続きをし終えて帰ろうとしたところ、別の職員の人が受験老人のところにやって来て、そっと耳打ちした。
「○○さん(受験老人の名)、お母さんに会えますよ。」
受験老人は自分の耳を疑った。面会禁止じゃなかったのか??
「お母さんは、これから病院に行くところです。よろしかったらご一緒にどうぞ。」
母は疥癬の疑いがあると見回り回診で言われ、他の病院での診察が必要となっていた。
受験老人は別件で手続きに来たのだが、それがたまたま診察と重なったようだ。
施設での面会は確かに禁止である。だが施設外では会ってもいいはずだ。
妙な理屈だが、母にずっと会えないと思っていた私には幸運だった。
もしかすると、施設の人は、私が来るのを知って医療機関に予約したのかもしれない。
もしそのように機転を回してくれたとしたら、施設の人には感謝してもしたりない。
母と久しぶりに会えた。
だが・・・・母の認知症は悪化していた。
ぼうっと、私の方を見ている。
こちらからの呼びかけに対しても、ほとんど頷くようなことはない。
ぼうっとこちらを見たままだ。
おそらく、私のことを認識していないのではないだろうか。
あんなに元気で、話好きだった母。
認知症が次第に悪化してきても、コロナ前は、私が見舞いに行くと、私の名を呼び、問いかけにはおうむ返しか、単語で答えてくれていた。
だが、急激に症状が進んだようだ。
かつては、陽気で明るく、大勢の人たちとのつながりを持っていたため、
施設入所後も入れ代わり立ち代わり、いろいろな人が母に会いに来ていた。
誰も面会に来られなくなって、急激に症状が進んだのか。コロナが憎い・・・・。
一緒に病院に付いて来ていた、介護士の人が言った。
「よく入所者の人たちから「どうして家族に会わせてくれないのか。」と言われます。
私たちも、コロナを伝染さないようにようにするためだから、と言って聞かせてます。
でも、こんなこと、初めてのことだから入所者には理解できません。
「お前たちが会わせないように、何か企んでいるのだろう。」
そう言われると、すごく悲しくなります。
でもそんな時、別の入所者が「コロナだから仕方ないのさ。」と説得してくれるのです。
すると今まで疑っていた入所者も、ああそうかと納得してくれるのです。」
介護する人たちも大変なのだ。
受験老人は何ともやりきれない気持ちになった。
検査したところ、幸いにも、母は疥癬ではないと診断がついた。
単に掻き毟っているだけとのこと。
母も母なりに、ストレスが溜まっているのかもしれない。
でも、疥癬なら他の入居者に伝染すことを心配しなければならないところだった。
とりあえず安堵した。
母は、私が手を握ると、そっと握り返してくれた。
たとえ私のことを理解できなくても、こうして生きていてくれるだけでいい。
むしろ、母はこうして、何も分からなくなっている状態の方が幸せかもしれない。
日々、だんだん衰えていく自分のことを悲しむこともない。
母は自分の家のことを「桃源郷」と呼んだが、もしかすると、
今は母は自分の心の桃源郷で遊んでいるのかもしれぬ。
今度、桃源郷で桃ができたら、持ってきてやろう。桃は母の大好物だ。
その頃には施設の面会が解除になっているだろうか・・・・。
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