受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

宗教、死後の世界、超能力(その5) 愛の減少感

Sは一息入れて、話を続けた。
「蛇の正体、それは実は蛇ではなかったのです。
だって蛇がもし動物だったとしたら、本来人間が治めるようになっているはずでしょう。
神様は人間にあらゆる生き物を支配するようにとお命じになっていました。
だから、動物が人間を誘惑するということなど、あるはずがなかったのです。
イブを誘惑して知恵の木の実を食べさせたのは、動物以外の者だったのです。」


そして、言いました。
「蛇の正体-それは精霊すなわち天使でした。
しかも天使の中の一番の親玉、天使長と呼ばれる者だったのです。」


Sは、聖書にはその証拠がいくつも出てくると言って、聖書を開いて順に指し示した。
天使長、それが「ルーシェル」という名前であることも聖書の一節から分かった。


受験老人は、頭が混乱してきた。
だって精霊や天使と言うのは、すごく神聖な存在じゃないのか?
それこそ、神様と同じように、人間に愛を与えてくれるような存在じゃないのか?


Sは、受験老人が首を捻ったのを見逃さなかった。
「不思議だと思うでしょう。なぜこんな悪いことをしたのかと思うでしょう。
しかし、精霊の気持ちを思えば、大いに納得できるのです。」


そしてSは、解説を始めた。
「精霊は、最初から神と一緒にいました。それこそ、神に一番近い存在だった。
精霊は、自分たちこそ神に一番信頼され、愛されていると思っていました。


ところが、動物や植物を創るのまでは良かったが、神はついに人間を創ってしまった。
しかも、「我々の姿に似せて。」
そうして、神は人間に夢中になった。
そして、人間を可愛がり、少しずつ教育しようとしたのです。
人間が成長するのを楽しみにしながら。


精霊にとっては、それが我慢がならなかった。
今までは最も自分たちが神に愛されていた。なのに、今や神の愛は人間に向かっている。
自分たちはもう愛されていない、そう思ってしまったのです。


人間は、そのうち教育されて、完全な存在になっていく。
そうなると、自分はますます愛されなくなるだろう。


そのことを何て言うか分かりますか?」


受験老人は答えられなかった。


Sはおごそかに言った。
「それは「愛の減少感」すなわち、神様からの愛が減少したという気持ちなのです。
そのことがまさに、天使の人に対する嫉妬につながったのです。
このためイブを誘惑して完全な人間になるのを阻止しようという動機になったのです。」


はあっ、知らなかった・・・・


Sは、続けて言った。
「世の中にいろいろな感情がありますが、中でも、憎しみのエネルギーたるや、他の全てのエネルギーに勝ります。
とりわけ、愛されているという気持ちを失ったときの憎しみたるや・・分かりますか?」


受験老人は聖書をあまり詳しく知らず、Sの言ったことが本当かどうか分からなかった。
しかし、何となく、天使の気持ちは分かるような気がした。
すごく仲がよかった友達が別の友だちと親しくし出して、自分が疎んじられたり、
恋人の気持ちが別の人に向かって、自分が嫌がられだしたりすると、
そんな気持ちになるんだろう。受験老人はあまり経験がなかったが。


「そうして、精霊、すなわちルーシェル天使長の企みは成功しました。
イブも、そしてアダムも、神の激しい怒りを買って、エデンの園を追放されたのです。
すると、どうなったと思いますか。
天国には二つの木があった。知恵の木と、もう一つ、命の木です。
エデンの園を追放されたおかげで、人間は命の木の実が食べられなくなった。
つまり、永遠の生命ではなくなったということなのです。
これによって、人間は年老い、死んでいくという新たな苦しみが生まれたのです。」


・・・・受験老人はその言葉にちょっと関心を持った。
なぜなら、受験老人は、当時、死というものが怖かったから。
そして、不老不死の薬が作れないかと考えていたから。


「一方、ルーシェル天使長はどうなったかと言うと・・・・やはり神の怒りを買ってしまい、天国を追放されたのです。
そして、彼はその後、「サタン(悪魔)と名を変え、地をはいつくばって生きていくようになったのです。」」


・・・・(次回に続く。)