受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

自分はこの世のために何ができるか

前回のブログを書いている途中、激しい睡魔に襲われた。このためブログを書いている途中でやめざるをえなかった。
後で見直すと、「自分は輝いていない」とか「コロナで職をあぶれた人たちのことを考えると職が見つかった自分はありがたい。」とか、消極的な言葉を並べていたと思う。


改めて、自分のモットーを挙げておく。
まず、自分の好きなこと、自分のやりたいことをやる。これが一番。そうでないと続けることはできず、とん挫する。
その上で、それが人のためになること、世の中のためになるよう工夫する。
そうすれば、使命感もできてきて、やりがいもできる。


まあ、これを満たすことを考えるのは難しいだろう。
実際、大部分の人たちは、自分の思いに添えないような場所で働いていると感じている。


受験老人はどうだろうか。
幸いにも、職場において、比較的、自分のやりたいことをやらせてもらってきたと思う。
だが、それが人のためや世の中のためになったかというと怪しいのである。
ただ、これまでの仕事の中では唯一、志願して福島に何十度も行き、そこで被災者たちと接することで、やりがいを感じることができた。
直接、人のためになる仕事がしたい。人を救う仕事をしたい。
それが今から医師や弁護士になろうと決意した大きなきっかけになっている。


経済的なことを考えると、たとえ医学部に合格しても、年金のもらえ始める65歳まで収入なしで大学に通うのは厳しい。
また客観的にも、医師を育てるために国が費やす費用を考えると税金の無駄だというのも分かりすぎるくらい分かっている。
司法試験も、たとえ合格しても、本当に弁護士などでやっていけるかというと、限りなく怪しい。おそらく1人も顧客がつかないのではないか。


だが、それだからこそ、やるのである。
受験老人は、長生きしたい。少なくとも85歳までは現役を続けたい。
米国の大統領の民主党代表選には、80歳近い人たちが候補に並んでいる。
大統領といえば本当に大変なポストである。それを80歳近くでやろうとしているのだ。
自分はそんな人たちに勇気をもらうと同時に、逆に若い人たちに勇気を与えたい。
こんな年寄りが、それでも一生懸命頑張っているのを見て、
若い医学生や若い司法試験受験者たちが、これなら自分たちだってやれないわけはない、
人生、何をやるのも遅すぎることはない、と思ってもらえればしめたものだ。
それだけで世の中に貢献したというのは独りよがりで言い過ぎだろうが。