受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

58歳の何のとりえもない男が、医学部と司法試験を同時に、しかも短期間で合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

人生の選択


行政職と、企業の研究所の最終面接が同じ日になってしまった。


行政職の方が面会時間が早く、企業の方がそれから1時間後にあった。


両方とも行くわけにはいかない・・・・。


片や行政、片や研究。さて、どちらを選ぶか。


国の試験を通った行政職というのは、一般に、キャリアと呼ばれるエリートである。(ただし当時、私にはそんな認識はなかったが。)


だが、私にはどうしても、研究への道・・それは不老不死へとつながる・・をあきらめたくはなかった。


私の中で信念、名誉心、虚栄心、執着心、等々、さまざまな感情が葛藤を繰り返した。



結局、私はその前夜、この究極の選択を考え、一睡もできなかった。


ふと時計を見た。すると、もう行政職の面接には間に合わない時間になっていた。


そうか、もう私は行政には行かないで、研究を続けることにしよう。


そう思った瞬間だった。私の部屋の電話が鳴った。


行政の担当者だった。約束の時間になっても姿を見せない私のことを案じ、連絡をくれたのだった。


私は正直に、事情を話した。するとその担当者は言った。


「もし、そんなに迷っているのであれば、自分が保障する。騙されたと思ってこちらに来い。」



私は、その言葉に後押しされ、それから急いでその面接に行った。


その後、すったもんだあった。君は行政に向かないのではないか。研究に行った方がよかったのではないか。


そうした言葉をさんざん言われたが、結局、私は行政を選んだ。
ただ最後にそれを決めたのは、自分は立派な研究者になれる自信がないというという、消極的な理由が大きかった。
しかし、行政という、自分にとって新たな道で再びやり直したいという気持ちもあった。
私は、この時に、大きな人生の選択をしたのである。


その後のことは今は詳しく書くつもりはない。


まあ、職に就いた後も、いろいろなことがあった。


いろいろな行政機関に勤務した。留学もした。国際機関にも勤務した。


私のあのときの選択が間違いだったか否か。それは、今でも分からない。


だが、あの、学生時代の、激しく揺れ動いた気持ちというものは、私にとっては今でも目を閉じればまざまざと眼前に蘇る。


あれはまさに、不安定であるが、ひたすら可能性を求めて努力した時代だった。


今、退職という節目を迎え、あの時の、ひたむきな気持ちを再び取り戻したい。そうした思いが私の根底にあるのは事実だ。



ずいぶんこれまでの私の人生の説明が長くなってしまった。


次回からはいよいよ、医学部受験と司法試験の二刀流について話したい。


(なお、次第に勉強も忙しくなってきた都合上、今回からはブログは1日1回の更新とさせていただく。)