受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

58歳の何のとりえもない男が、医学部と司法試験を同時に、しかも短期間で合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

新たながん遺伝子発見か?


がんの研究を始めた私は、夢中になった。


やり方はこうである。(ちょっと難しい話になる。)



マウスの細胞を培養し、そこに人のがん患者から採取したDNAをバラバラにしてふりかける。バラバラにされたDNAの中には、それぞれがん患者のいろいろな遺伝子が含まれている。(ちなみに人の遺伝子は2万2,000ほどあることが分かっている。)


すると、そうしてバラバラにされた人のDNAはマウスの細胞に張り付き、刺激とともに細胞中、さらに核の中に入っていき、そこでマウスのDNAと融合し、マウスDNAの分裂とともに分裂するようになる。(ごく小さな確率だが。)


もし、たまたま人のがんの原因の遺伝子が入っているDNAがマウスの細胞に取り込まれたら、そのマウス細胞は、まさにがんのごとく、急激に分裂するようになる。そこからヒトDNAを取り出して解析し、どのような遺伝子が原因だったか調べようということである。(まさにそれが人のがん遺伝子である可能性が高い。)



当時は現在のようにDNAの塩基配列を一挙に全て解読・解析できるシーケンサーが発達しておらず、まだ生命自体がブラックボックスと言われた時代だった。(米国主導でヒトゲノムプロジェクト(人のDNAを全て解読する国際協力プロジェクト)が開始されるのはまだ7、8年先のこと。)


その中でがんの原因遺伝子を発見すれば、それこそ大発見である。たとえやり方自体は外国の二番煎じだったとしても。



そして私は夢中になって取り組んだ。


実験をやればやるほど、新たな工夫が生まれた。テクニックが発達した。


自分は、もしかしたら研究に特別の才能があるのではと思うようになっていた。



実験を始めてしばらくたったある日のこと。そのような実験を行っている私の細胞の一部が、明らかに変異していた。どう見ても、がんの様相を示していた。


私は、「やったあ。」と思った。おそらくその中には人のがんの原因遺伝子が含まれている。


あとはこれを、培養しなおして増やし、DNAの解析を行いさえすればいい。


私は天にも昇る気持ちになった。


やはり、自分には天賦の研究の才能があるにちがいない。


日本初のがん遺伝子発見・・・・私が学生ながらにしてその栄誉に浴し、メディアからインタビューを受ける場面がありありと浮かんだ。



培養して増やすには3、4日かかるため、出てきたがん細胞らしきものをプレートにまき、それを待つことにした。


おりしも、その週の週末には、がんのトップの関係研究者らが集う会合があった。私は研究室のボスのN先生とともに、意気揚々とその会合に参加した。週明けにはすごい結果が出ていることに期待で胸をふくらませつつ・・・・。