受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

58歳の何のとりえもない男が、医学部と司法試験を同時に、しかも短期間で合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

挫折からの脱出


授業に全く出ないまま、1年生が過ぎようとしていた。


自分はこの後、いったいどうなってしまうのだろうか。


まるで他の人たちとうまくやっていけないのだ。


劣等感、落伍感、倦怠感、憂鬱感・・・・ありとあらゆるネガティブな感情が脳の中を支配していた。


それから、他の奴らが東大生であることばかりを鼻にかけ、恰好ばかりつけているように思えてならなかった。自分とは合わないと感じた。



だが幸いだったのは、そんな時にUという生涯の親友に出会えたことだった。


Uは私を風呂場で見かけたと言い、自分から声をかけてきた。


そして、いつしか我々は、夢を語り合うようになっていた。


松山千春に傾倒していたUはギターを弾き、自作の歌を披露してくれた。


それはとても広大な気持ちを表現した歌だった。Uの心の大きさを物語っていた。



当時、ゲームとパチンコ(いずれも超一流の腕前になっていた)に凝り固まっていた私は、そんなUに触発された。


また、ずっと仕送りをしてくれる親のことを思うにつけ、いてもたってもいられなくなってきた。


よし、がんばるぞ。



そして私は、気分を変えるため、引越しをすることにした。


それまで住んでいた下宿は、東大から歩いて15分のところだった。


だがそれでも授業に出るのが億劫になると思った私は、もっと近いところを探すことにした。近くに住めば、無理やりでも授業に出ざるを得なくなると考えたのだ。


そして、東大の裏門から出てすぐの道路沿い、つまりこれ以上ないほど近いところにアパートを見つけ、移り住んだ。


そこはわずか3畳のところだった。そのアパートそにはもう少し広い部屋もあったが、その時はそこしか空いていなかった。


三叉路にあるため車の往来がやかましく、寝るために雨戸を閉めると蒸し風呂のようになった。


だが私は我慢した。とにかく、きちんと授業に出よう。ただそれだけだった。