受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

記述式試験は必要か?

文科省が新テストの国語と数学の記述式試験を延期したとのことだが、これについて一言。
記述式試験について長年かけて受験準備をしてきた今の高校生たちのことを考えると本当に気の毒だが、実は受験老人としては、ほっとしている。


それは単に、私が今回の受験にもし落ちた場合、次年度の受験で記述式の対策をしなくてもいいという利己的な理由からではない。現在のセンター試験が本当にダメなのかどうか、真剣に議論してもらえるのではないかという期待からである。


受験老人としては、今のセンター試験、特に現国はよくできた試験だと思う。
つまり、解答するのにひどく迷うが、よく考えれば正解できるのだ。


推理を駆使して正解にたどり着くのはすごく難しい。パッと見、どれも正しいと思えてしまう。抽象的でカッコいい言葉を使っているものについては特にそう思える。
また、たとえいくつか選択肢を消していっても、最後の2つですごく迷う。どちらが正しいか分からず、あやふやにマークすると必ず別の方が正解。マーフィーの法則だ。


受験老人は現国については、これまでの経験や豊富な読書量があるから、受験勉強を始めたときは、大丈夫だろうとたかをくくっていた。
だが、初めて過去問をやった時は半分くらい間違えた。低い鼻をへし折られたような気になった。


何とか成績が向上しないか。そう思って対策本を読んだ。すると、そこにこんなことが書いてあった。
たとえ現国といえども、センター試験として厳正な評価がなされるならば、正解は1つしかない。他のものは必ずどこか明らかに間違っている部分を含んでいる。


目からうろこが落ちた。
そうなのだ。自分は国語と数学や理科を全然別物だと思っていた。
確かにこれが感想文などだったら、答えは無限に存在する。だがこれは試験なのだ。
だから、必ず正解は1つだけなのだ。


そう思って、その本を一生懸命読んだ。2週間くらいかけて2回どおり読んだ。
そうすると自信がついた。
去年の本番では現国は全部で間違いは1問だけだった。
古文がぼろぼろ間違ったので合計は170点ちょっとだったが、不思議とよくできた。


これまでのセンター試験の国語の問題は、実に実に洗練されてきているのである。これにより、理解力、推理力、比較力、注意力等を総合的に鍛えることができると思う。


だから、現在、センター試験の改革にかかわっている人たち全てに、現在の国語の試験を解いてもらいたい。これがどれだけ立派な芸術的作品であるか知ってもらうために。


まっ受験老人としては今年はまだ全く対策をやっていない。改めてその本を読み直してみようと思う。一応、本の名前を挙げておく。
「最短10時間で9割とれるセンター現代文のスゴ技」宮下善紀著