ついに東大を受験した
私の高校3年生はもう10月に入っていた。 どの大学や学部を受験するかについて、とりあえず、私は迷ってはいなかった。 それは東大の理科Ⅰ類だった。数学や物理、工学などを勉強するところである。 私は、自分は数学や物理の才能はあるのではないだろうかと思っていた。 中学時代、数学はほとんど何もやらずに10... 続きをみる
還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した
私の高校3年生はもう10月に入っていた。 どの大学や学部を受験するかについて、とりあえず、私は迷ってはいなかった。 それは東大の理科Ⅰ類だった。数学や物理、工学などを勉強するところである。 私は、自分は数学や物理の才能はあるのではないだろうかと思っていた。 中学時代、数学はほとんど何もやらずに10... 続きをみる
私は追いつめられていた。 頭の中を占めるのは、常に、失敗して何も言えずに立ち尽くす私。 どうしよう。どうしよう。 そのことを考えるといつも頭が真っ白になるのだった。 しかし、もう体育祭の結団式が数日後に迫ってきた時に私は少し、ひらめいた。 「そうか。話すことを考えてあらかじめ練習しておけばいいんだ... 続きをみる
私は当時、進路についてあまり真剣に考えていなかった。 それから、大学を卒業してどんな職業につきたいかも、私の頭の中にはなかった。 つまり、先のことは何も考えていなかったのである。 そして大学については、私が住んでいたのは西日本であり、東大といってもあまりピンとは来なかった。 ただ、東大は日本一頭の... 続きをみる
ところが、そんな私が注目を浴びた。それは、勉強以外のことだった。 私は中学校時代、ある部活に入っていた。 自分ではまずまず上手で、体力さえあれば人には負けないと思っていた。 実際に、県で優勝した相手をぎりぎりまで苦しめ、また一年次下の県の優勝者には2度勝った。 ただ惜しむらくは体力がなく、長丁場に... 続きをみる
私は、高校に入ったら中学校のように部活をやらず、勉強に専念しようとした。 家に帰ってからの勉強時間の3時間を、トレーニングペーパーと、学校の宿題に充てた。 結構集中してやった。だがそれ以外はのんびりと本を読んだりした。 だがそうすると、宿題まで手が回らず、やっていかないで先生に怒られた。 さて、私... 続きをみる
一昨日の新聞に、司法試験の合格者が1525人で今までで最少だったという記事が掲載されていた。 以下、ちょっと数値の話になる。説明が分かりにくかったら申し訳ない。 受験者の総数は5,238人なので、合格者が1,525人ということは、合格率は30%弱。 こりゃ、合格率は高い。ちょっと勉強すれば誰でも通... 続きをみる
考えてみると、中学3年生の、あの対人恐怖から脱出した時期、それこそ私の人生において、もっとも頭がよかった時期だったのではなかろうか。 やることが楽しくて仕方なかった。先生の話は1を聞いて10まではいないが3か4くらい理解できた。 理科の教科書を読んで、実験の裏にある原理を自分で推定して導くことがで... 続きをみる
今回は受験勉強から離れて、ちょっと一服。 最近、大坂なおみ選手を激しく見直している。全米オープンに優勝したからではない。彼女の姿勢にだ。 登場したばかりの頃は、けだるそうな姿、途中で泣きだす姿、インタビューへの回答があまり要領を得ない姿を見て、 私としては、ああ、この娘は、あまりきちんとしていない... 続きをみる
入学した直後の実力テストが戻ってくる前、クラスの中ではその結果がどうなるか、結構話題になった。 なんせ、試験の結果が順位づけされるのである。学校全体で400人の生徒の中で。 当時は今のように中学受験がなく、大部分の者はそのような試験は受けたことがなかった。 だから、それによって、自分という人間が初... 続きをみる
もう少し、私の背景を語ることを続けたい。 私の入学した中学校は1学年400人くらいのまあまあ大きな学校だった。 その中学校には、もともと私が通っていた小学校以外に周辺のいくつかの中学校から生徒が入ってきていた。 私が中学校に入学してすぐに思ったのは、厳しい学校だということだった。 明治の初めにでき... 続きをみる
それでは元に戻って、私の子ども時代のことを書く。 6年生になった。 前回、田舎なので中学受験はない、と書いたが、1つだけ例外があった。 それは県庁所在地に位置する我が県唯一の国立大学の付属中学の受験だった。 そこは高校がなく、中学校までだったが、県内の優秀な子供たちはこぞって受験した... 続きをみる
小学5年生頃になると、少数の子どもたちは学習塾に通うようになった。 といっても田舎のことである。中学受験があるわけではない。 でもなぜかその塾は評判で、頭の良い子も悪い子も、次第に行くようになった。 私の家は、両親ともに教員をやっていたため、そんなに裕福でないことはなかった。 だから、私も学習塾に... 続きをみる
(前回からの続き) 漢字テストで名前を書き忘れ、零点をとった私に、先生はこう言ったのだ。 「あなたは罰として、冬休みの間、教科書に出てきた漢字を全部、10回ずつ書きなさい。」 私はげっと思った。これまで習った範囲は相当ある。当時の教科書は上下巻になっていたが、上巻全部と下巻の3分の1ま... 続きをみる
私が生まれて初めて、おっ、自分も満更ではないな、と思ったのは・・・・ 小学校3年生の時だった。 私はいつもあまり試験の点数はよくなかった。勉強しないからである。 だがある時、先生がある変わったテストをした。 そのテストを見たとき、私はちょっと驚いた。 どれもこれも、知らない内容である。 これは私が... 続きをみる
私は、小さい頃から人に馬鹿にされることが多かった。 親に放ったらかしにされていたからだ。 両親は共働きだった。私の面倒はだれもみない。いわゆる「カギっ子」だった。 着るものもいい加減。いつも同じ服をよれよれとしたまま着ていた。 それから、人の話を聞かないという悪い性癖があった。授業中、先生の言うこ... 続きをみる
さて、ブログを始めることにする。 現在、私は58歳のサラリーマン。既に窓際で、定年まであと1年半となった。 たいして頭はよくないが、地道にコツコツすることが好きである。 今後のことを考えた。退職しても再就職先はない。 庭の剪定や管理人、駐車場の整理くらいか。 まあそれは仕方ない。 仕事でシャカリキ... 続きをみる