受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

ノーベル賞と2人の友だち


今年もノーベル賞の季節を迎えた。


日本は昔、科学技術基本計画という5年毎の計画で、50年間に30人ノーベル賞受賞者を輩出させる旨の目安を立てたことがある。


最初は荒唐無稽な計画だなあと思っていたが、2000年以降、あれよあれよと毎年のように日本から受賞者が出た。


そして、そのペースはまずまず維持されている。今年も本庶先生の受賞で、このままいけば、目標達成も夢ではない。
(ただ、著名誌への日本人研究者の論文掲載数の割合は最近次第に低下しており、今後のことは分からないが。)



ノーベル賞のことを思うと、私はいつも、懐かしい学生時代を思い出す。


ノーベル賞を夢想しつつ、談論風発していたあの頃を。



学生時代、私にはU君とY君という友達がいた。いずれも、私に似て一風変わった男たちだった。


そして、集まると、互いに、いつかすごい研究をして、ノーベル賞を取ってやるとうそぶいていた。


しかし実は、ノーベル賞を取ることで有名になり、女性にもてまくるぞという邪な気持ちが3人にはあった。



このうちU君が唱えたのが、反重力の理論だった。
電気には正極と負極、磁気にもN極とS極があるのに、重力にはそれがない。今は見つかっていないが、反重力というのが絶対あるに違いない。
もし反重力を発見し、それを応用すれば、そしてものを重力に逆らって自由に持ち上げることができれば、空間が自由に使え、家を建てるのに土地が不要になる。移動するのに乗り物はいらず、空中に浮かんでいる間に地球の自転を利用してはるかに遠くに行くことができる。(これは実は理論的に間違っているが)
そうすれば、ノーベル賞をいくつも取れると。



一方、Y君が唱えたのは、精神座標の理論だった。
彼は滅法頭がよく、私に数学を教えてくれたこともあったが、勉強時間はいつも短時間だった。
彼によると、勉強時間はいくら少なくても、精神を集中させることにより、多くの知識を習得できる。すなわち、世界には空間(3次元)+時間という4つの次元のほかに、精神座標という次元があり、精神の集中の具合により、時間は自在に伸び縮みする。この精神の次元の秘密を解明すれば、ノーベル賞はいくつも取れると。



じゃあ私はというと、「不老不死」の薬だった。
死なない方法を考えれば、それだけでノーベル賞がいくつも取れると。そうして寿命を長くしておいて、その後にいろいろな発見をすれば、それでまたまたノーベル賞が取れると。



・・・・のんきな時代だった。
さてその後、どうなったか。
U君は「重力」に関係があるか否か分からないが、○○重工という会社に入った。
かなり出世をして、原子力分野のキーパーソンのようになった。
しかし、残念ながら、今から3年前、彼はがんでこの世を去った。まるで地球の重力に逆らうように、天に召されていったのだった。


その知らせを聞いて私が号泣したのは言うまでもない。



ただ、仏教の浄土真宗の信者だったU君は、私と最後に会った時にこう言った。
自分は仏教の世界で言う信心決定(けつじょう)、すなわち阿弥陀様に救われたことを実感したと。これによって、自分は不老不死を得たのだと。
それについて、詳しく彼から話を聞こうと思っていたが、彼が死んでしまった今、もはや不可能になってしまった。



一方のY君。
電気工学を学び、ノーベル賞を目指していた彼はある日、私に言った。
先日、電車の中でノーベル賞学者の○○博士を見た。だが、しょうもないおじいさんに見えた。


よく考えると、いくらノーベル賞をとっても年をとってからもらっても意味がない。若いうちでないと女性にモテないではないか。
ならば、手っ取り早くお金を稼ぎ、そのお金で音楽など、自分の好きなことをしたい。



そして、彼は自慢の精神座標を用いた勉強法を使い、大学を出たその年に再受験をし、最も難関だといわれる東大の医学部(理Ⅲ)に再入学した。
その後、彼は大学の先生になっているが、どうも大儲けしているようには思えない。その代わり、元来専門でもあった電気工学を利用して脳の仕組みを電気的に解明しようという研究を続けている。はたして精神次元の発見につながるだろうか。



まっ、私も不老不死の薬は発見できぬまま年をとっているが、心だけは若いつもりである。


死ぬまで、ノーベル賞受賞を夢に抱いていたいものである。
(もっとも、試験管を振る生命科学研究は無理で、あとはイシグロ氏のようにノーベル文学賞でも目指すか?)




P.S.
なお、私は実は「ノーベル賞受賞者」である(?)。
私がある国際機関で働いていた時、同機関がノーベル平和賞を獲得したため、職員全員に、ノーベル賞の賞状とメダルのレプリカが名前入りで配られた。


今でもそれは我が家の宝になっている。
再就職の際には、履歴書の賞与欄に「ノーベル賞受賞」と書こうかな?