受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

58歳の何のとりえもない男が、医学部と司法試験を同時に、しかも短期間で合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

勉強ができなくなる

私は、そうして、東大を受けようという思いが徐々に高まってきた。


だが、それどころではなくなった。


2年生の体育祭のスピーチで私はまた失敗した。


全く言葉が出てこなかったのである。何を話したらよいか分からなかった。


ど緊張し、その場に立ち尽し、あうあうという言葉しか出なかった。


ほとんど何も喋れずに席に帰る私を、皆は異様なものを見る目で見た。



私は、自分は馬鹿かと思った。


話をすることなど、誰でもできる。感想など、誰でも言える。


でも自分にはそれができない。


自分はいったいどうしたのだろう。



体育祭が終わった。3年生の体育祭では、自分がリーダーになる可能性がある。


どうやったらよいのか。私には分からなかった。


人前で話すことは克服した。だが気の利いたスピーチができない。


チームリーダーとして、あうあうしか喋れなかったら大変なことになる。



まあしかし、うまくやる方法はある。クラス委員にならなければいいのだ。


クラス委員になるから、皆を代表してスピーチをしなければならないのだ。


クラス委員にさえならねば、何も問題はない。


そう考えて、私は策を練った。



3年生になった。クラス委員の選挙があった。私はさっと手を挙げた。


「○○委員になりたいです。」


そう、別の委員になっておけば、クラス委員には選ばれず、体育祭でのチームリーダーを回避することができる。私が練りに練った回避方法だった。


ところが別の者から抗議がなされた。


「そりゃ手順がおかしくないか。まずはクラス委員を選んで、その他の委員はその後だろう。」


よ、余計なことを・・・・。思いもよらぬ事態だった。


私は抗議した。


「いや、クラス委員はチームリーダーを務めなければならない大事な役目だ。私はやりたくない。」


すると皆はいっせいに反発した。ずるいっと。


なぜかそのことで目立ってしまい、逆に私はクラス委員に選ばれてしまった。全員一致だった。


今でいうとマーフィーの法則というか、いや、私の作戦の完全な失敗だった。


チームリーダーとして何も言えずに立ち尽くす姿が目に浮かんだ。



そうして私はそのことでずっと思い悩んだ。


3年生になってしばらくして、部活が終了した。これ以降は勉強に集中しなければならない。


だが、私はとてもそんな気持ちにはなれなかった。


勉強はほとんどできなくなった。スピーチのことを思うと、気になって仕方ないのである。


一方、3年生になって、勉強は急激に難しくなった。


理系に行くことを決めた私は、数学も、物理も、化学も、本腰を入れて取り組まねばならなかった。だがそれができなかった。


成績は急降下した。当たり前である。勉強をしないからである。


授業中は先生の話が耳に入らず、家でもぼうっとしていた。


数学のテストでは100点満点で5点しか取れなかった。先生にどうしたのかと聞かれた。


東大を受けるなど、夢の夢になってしまいそうだった。


そうして夏休みも終わり、3度目の体育祭が近づいてきた。