受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

よい医者、悪い医者(17)

(前回の続き)


横浜の病院は、個人の眼科医院だったが、結構大きかった。
朝一番で病院に行ったが、待合室は人であふれかえっていた。
100人以上いた。
椅子に座れず、立っている者もいた。
受験老人が手術を受けた大学病院の方がシステマティックで、清潔な感じがした。


しかし、この病院の検査は念入りだった。
朝から初めて、どれだけ検査しただろうか。
こんなにいろいろな検査があることを初めて知った。


そして診察。
何人かの先生が病状を診てくれ、いろいろ受験老人の症状を聞いてくれた。
脇に看護師がいて、メモを取っていた。話せることはすべて話した。
この病院が、いいのか悪いのか、まだ分からなかった。
しかし、念入りに検査をしてくれ、正確に病状を知ってくれたのはありがたかった。


そして、院長の診察になった。
院長は、ちょっとアクの強そうな、頑固親父のような風貌だった。
院長は受験老人の目をレンズで覗き、大きな声を出した。


「こりゃとんでもない状態になっている。
どんな手術をしたらこんなになるんだ。網膜が積み重なっている。」


受験老人はその言い方に衝撃を受けた。デリケートさが全くない。
医者がこんな言葉遣いをするのを初めて見た。
まさに頑固おやじだ。


院長は続けて、
「おいおい、反対の目も、黄斑がはがれかかってるし、網膜剥離も起こりかけてるぞ。
大学病院はいったい何をやってたんだ。」 
まるで訴えるように受験老人を見る。大学病院をこき下ろしている。


受験老人はこれまでの経緯をいろいろ話した。
すると、院長は、猛烈な勢いで、怒るそぶりを示しつつ、喋り出した。


「あんたみたいなケースは、もともとレーザー治療なんかしないで、
硝子体手術するしかなかったはずだ。レーザーなんかで治るわけがない。
大学病院はまずそこが間違っている。
レーザーの方が簡単でやりやすいからやったんだろう。
根本から治すことを考えず、その場でとりつくろったんだ。
最初から硝子体手術をしていたら問題なかった。
そして、この下手糞な硝子体手術。なんでこんなに基礎的なことをやれてないんだ。
手術をした後、もっと早くうちに来ていたら、
まだくっつけたばかりだからすぐ貼りなおせたのに、今となってはどうしようもない。」


そして、一息ついて、一気に続けた。
「あんたのように、大学病院で目をつぶされかけた患者がたくさん、駆け込んできた。
うちは駆け込み寺じゃない。治せるものは治すが、治せないものは治せん。
いつも私は言ってるが、大学病院は、医師の研修のための病院だ。
大学を出たての若い医者が練習のために学ぶところだ。
ほんとに患者のためを思うんじゃなくて、医者が自分の練習をするところだ。
アメリカだったら、
私のような民間の高名な眼科医は、1回1千万円くらいの手術代をとってやるが、
大学での手術は、ただ同然で行われる場合もいっぱいある。
それは、失敗することが前提だからだ。
患者も失敗しても文句が言えない。値段が安いから。
だからアメリカでは、本当に治したいと思ったら、
患者は大学病院ではなく、すぐれた民間病院に行く。
ところが、日本は逆だ。
大学では難しい治療を見事に行えると皆、思っている。そして民間を下にみる。
ところが、大学病院で手術に失敗したらその責任は誰がとる。
彼らは頻繁に人事異動する。結局、責任を取るものがいなくなる。
泣き寝入りするのは患者だけだ。
そんな患者が、うちの病院に次々に駆け込んでくる。
仕方ないから治す。
民間は人事異動がない。失敗したら、悪い評判がたち、患者が来なくなるだけだ。
だから安全な手術ばかりすればいいが、それだと患者がかわいそうだ。
だから私はあえて、大学病院が見放した患者の手術をするんだ。
患者が治って、喜ぶ顔が見たいから。」
口は荒かったが、しかし、その言葉に、受験老人は、真実味を感じた。


そして、受験老人が、もう一つ紹介された、熱海の病院の話をした。
そして、その医者が、歪みを半分くらいにしてやる、と言ったことも話した。


すると、さらに院長は、猛烈に怒り出した。
「そんな方法で、うまくいくはずがない。
いったん積み重なった網膜が少々重い液体を入れただけで戻るはずがない。
もう相当固くなっている。そんなやり方じゃ、ダメだ。
絶対半分も戻らない。」
そして、さんざんいろんなこき下ろしを始めたのである。
あまり激しかったので、ちょっと省略する。


私は熱海の病院で、
「横浜の眼科は、おそらく簡単な手術だけをして件数を稼いでいるんだろう。」
と言われたことは、話すのを控えた。


そして院長はもう一度、私の、悪い方の目をレンズで覗いた。そして叫んだ。
「あかん、これは確実に失明する。」
・・・それはがん患者に、がんの宣告をするようなものだった。
ああ・・・やはり失明か。


「治るかどうか、確約はできん。
もしあんたが熱海の病院がいいなら、そっちで手術すればいい。」
院長は、突き放したように言った。


死刑宣告を受けた受験老人は、やむなく診察室から出た。
しかし、熱海の病院の手術法について、あんな言われ方をしたのに、
熱海の病院に手術をお願いするのも、怖くなってきた。
・・・・受験老人は途方に暮れた。


(次回に続く)


(12月2日)
・腕立て 36回
・腹筋
・ヨガ
・筋トレ
腕立ては限界を迎えているだろうにもかかわらず、続けられる。
不思議なり。
もうやめようかと思いつつ、音楽がクライマックスを迎えると急に元気が出る。
音楽とは、人を元気にするものだ。