受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

宗教、死後の世界、超能力(その11)~最終戦争

呆気に取られている受験老人のことを置き去りにして、Sはさらに話を続けた。
「約600年ごとに、この世に神の子~救世主が現れると言いましたよね。
マホメッドが亡くなったのは7世紀の半ばです。ではその次の救世主は誰だったのでしょうか。」
Sは私に謎かけをした。


・・・・分からない。私は歴史は苦手なのだ。


以下、ちょっと脱線する。


受験老人はT大受験の際(40年前の話)、社会は日本史と世界史を選択した。
それはセンター試験の前身、共通一次試験が開始される1年前のことだった。
その頃、T大は受験生に一次試験と二次試験を課していた。
一次試験は完全に足切のための試験で、マークシート方式だった。
受験老人は一次試験用に世界史と日本史を勉強した。おざなりな勉強法だった。
だが、日本史の問題はずいぶん迷わせる問題だった。全部間違えそうな気がした。
このため、試験当日、その場で受験科目を日本史から地理に変更した。
地理は選択科目でもなく、高校時代に1時間も勉強していなかったにもかかわらず。
その方が答えの選択肢が少なく、確率的に正答率が高かったからだ。
設問は全て、4つの選択肢のうち正しいものの数を答えさせるもの。
受験老人は答えに全て2と書いた。それが功を奏したたか、T大には合格した。
皮肉なことに、受験老人は今、地理を、共通テストの受験科目にしようとしている。


脱線してしまったが、そんなわけで、受験老人は歴史が苦手だったのだ。
7世紀半ばから600年後か・・・・13世紀半ばだな。いったい誰だろう。
いくら考えても思いつかなかった。1215年がマグナカルタだったとだけ頭に浮かんだ。


「実は、救世主は出現したのですが、世に出る前に、亡くなってしまったのです。」
Sは素っ気なく言った。
「そうして、この世に平和が訪れる機会が、少し遠ざかりました。世の中に戦争や、疫病も横行しました。」
受験老人はなぜか脱力した。嘘っぽい。神の子がすぐ死ぬなんてことがあるだろうか。


しかし・・・・
戦争は、確かにいつの時代でもある。でも疫病も流行っていた。
受験老人は、高校の世界史の授業で中年の教師が言っていたことを思い出した。
中世、黒死病が大流行し、ヨーロッパの大部分が死滅してしまったことを。
それは、暗い暗い時代だった。その中で救世主が死んでもおかしくない。


Sは続ける。
「民衆は自由を求め、民主的に平和を求めます。これは「正の事象」です。
ところが、なかなか達成できません。常に反対の事象が行く手に立ち塞がるのです。
たとえば中世の終わりには絶対王政が支配しました。
そして民衆を抑えて膨大な税金を搾り取りました。
それは「反対事象」でした。ただ、背後にはサタンがいて、操っていました。


「これに対して、民衆は自由を求めて立ち上がり、勝利しました。
英国やフランスでの革命がそうです。
民衆は、救世主がいなくても、神の力を借り、反対勢力を打ち倒したのです。
そして一段、人類の段階が上がり、世界は一歩、神の国に近づいたのです。」


そしてSきは一息入れた。
「しかし、そうして一段上がった人類に対し、サタンは次なる敵を用意しました。
それは、ナチスに代表されるような、全体主義思想だったのです。
それにより、一時は自由主義は追い込まれ、サタンに支配されそうになりました。
しかし、それでも最後は、自由主義は勝利しました。
人類は、神の力も借り、サタンの企みを何とか打ち負かしてきたのです。
それを克服したことで、また一段、人類のステージが上がったのです。」
Sは、人類がいかに努力しつつ、自由や民主を勝ち取って来たかを詳細に説明した。
「そしていよいよ、最後の段階を迎えつつあります。」


・・・・えっ、何だ、それは。


「サタンは、全精力を使って、人類に対する最大の敵を用意しました。
神も、それに対しては人類だけで立ち向かうのは難しいと考え、何度目かの神の子を人類に遣わせたのです。」


として、一息してから言った。
「それが文鮮明先生です。」


受験老人は、確かに文鮮明という名は聞いたことがあった。
韓国にいる統一教会の代表者だと知っていた。
だが文鮮明って、そこまでの人物、いや救世主なのか???


Sは、マホメッドの次の救世主が死なずに生きていたとしたら14世紀初めまでは生きたので、その600年後だとすると、文鮮明先生の誕生と合致すると言った。


「そして、倒すべき最後の敵、最大の敵とは・・・・無宗教です。」
無宗教・・・・それって、心の問題か?


「いや、無宗教を標榜する、「マルクス主義」が克服すべき最後の敵なのです。」
Sは、マルクス主義が、どんなに宗教を排斥するかということを、いろいろ説明した。
そして、最後の敵を倒すことが、ハルマゲドン(最終戦争)なのだと。


受験老人は、その時になって、はじめて知らされた。
マルクス主義を具現化したものは、共産党の思想であり、
そして、それを具体化した国家がソ連だった。
ソ連をはじめとする社会主義国家と、アメリカをはじめとする自由主義国家との戦争、
それこそがハルマゲドンだというのだ。


・・・・受験老人は、はっと気づいた。
Aたちが駒場のキャンパスで民青の人々に押し出されるように去って行ったとき、
何と言ったか。


・・・・それは、「サタンめ。」という言葉だった。


民青は、共産党の下部組織に位置付けられている。
彼らと、統一教会の下部組織である「原理研」の対立は、いわば必然的だったのだ。


・・・・受験老人は、そんな政治的な背景も知らず、のほほんとしていた。
そんな自分が、どうしようもなく愚鈍に思えた。
受験老人は、当時、政治や学生運動には全く疎かったのだ。


そして、受験老人はその時、自分のなすべきこと、しなければならないことを悟った。
そしてそれを口に出した。


(次回に続く。)