受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

宗教、死後の世界、超能力(その10)~明かされた秘密

その何日か後のこと。
受験老人は、久しぶりに統一教会を訪ねた。
あんな事件があって、行くのは少し気が重かったが、なぜか足がそちらに向いたのだ。
人恋しさもあり、また暇だったからだろう。


行くと、教会はいつもと変わらず、何人かの人たちがいた。
誰かがお祈りをしているのが見えた。ひざまづき、時折指を組んで高く上げては何やら熱心に祈りをささげている。
それは、受験老人にエデンの園やルーシェ天使長の話を聞かせてくれたSだった。


Sは、まるで神がそこにいるように、神に話しかけ、許しを請うている。
そんな姿を見ると、統一教会の人は本当に真面目な人達だと思えてしまう。


Sは私に気づくと、笑顔を向けた。
Sは頭がよい。おそらく神に帰依しているから心根も優しいのかもしれない。
Sは痩せて顔がとんぎっており、また、大きく尖った耳をしている。
サタンがいたらこんな感じか? 
と思わず軽口をたたきたくなるが、もちろんそんなこと、本人には決して言えない。


私は、どうしても聞かざるをえなかった。
「先日、駒場のキャンパスでAさんたちを見ました。民青とずいぶん対立していますね。
というか、一方的にやりこまれていた。あれはどういうことですか。
民青は、原理研が強引に自分たちのセクトに引き入れると言って非難していました。
洗脳して親も捨てさせ、お金もすべて巻き上げると。
あれは本当のことなんですか。」


するとSは、悲しそうな目で受験老人を見た。
しばらく沈黙があった後、Sは徐に口を開いた。


「貴方には今まで、聖書の話を中心に、神とサタンとの対立をお話ししてきました。」
そう。これまでいろんな話を聞かせてもらい、受験老人はそれなりに興味を持っていた。


「貴方にはまだ話してなかったことがあります。それは聖書より先の話です。」
えっ、まだ話の続きがあるのか? それは聖書に書かれていないのか?
受験老人は混乱したが、興味を持った。


Sは話を続ける。(以下、記憶があまり正確でなく、間違えていたら申し訳ないが。)
「この世は全て、正の事象と負の事象があり(正確にそう言ったか覚えていない)、
正の事象は負の事象を乗り越え、それを克服することで一段上の段階に行けるのです。」
「そうして、一段上の段階に行けば、そこに再び、対立する負の事象が現れます。
そうすると、またそれを乗り越え、克服することで、一段上の段階に行けるのです。」


抽象的な話だったが、何となく分かった。
つまり、ヘーゲルの弁証法だ。
正・反・合というプロセスでよい解決がもたらされるというものだ。


「1人1人の心の中でも、常に、この対立事象との葛藤が起こっています。
いわばそれは、サタンすなわちルーシェル天使長の誘惑なのです。
サタンはいつでも、私たちの心にささやき、堕落するよう働きかけているのです。
でも、それに負けず、それを乗り越え、克服することで、一段階上に進めるのです。」


はあ・・・・まあそういうことか。自分もいつもいろんなことに誘惑されているからな。
聖職者たちも、いつも誘惑と戦っているってわけだ。


Sは続けた。
「神は、人々が、サタンからの誘惑をふりきり、サタンに打ち勝つのを手助けするため、この世界に神の子を送り込みました。
それが誰だか分かりますか?」


そりゃ、イエス・キリストだ。
私はそう答えたが、Sは頷かなかった。
「それだけではありません。キリストの前にもいたし、後にもいたのです。」


ああそうか、預言者とか、聖人いうやつか。
モーセやヨハネ、それから12使途なんかもそうか?


Sは首を横に振った。
「いえ違います。神は神の子をそんなに安売りはしない。
600年に1度くらいしか地上に遣わさないのです。
キリストの前にも1度、キリストの後にも何度か、遣わされました。」


へっ、そんな話、初めて聞いたぞ。
「キリストの後、600年後にに遣わされたのはマホメッド、イスラム教の開祖です。」


・・・・今ならその話はよく分かる。
なぜならイスラム教では、マホメッドのことを最後の預言者だと言っているからだ。
つまり、イスラム教、キリスト教、そしてユダヤ教は全て同じ起源なのだ。
そして確かに、マホメッドはだいたい6世紀から7世紀にかけて活躍した人物だ。


だが・・・・
「キリストより600年前、それはブッダです。」


受験老人は腰の抜けるほど驚いた。そんなことって・・・・
だって、キリスト教と仏教は本来、全然別の宗教じゃないか。


「いえ、神の目から見ると、皆、自分の気持ちを代弁する者に他なりません。」
そして、続いてSが語ったことにこそ、彼らの考え方の根幹があった。
そして、それにより、受験老人はまざまざと知った。
駒場キャンパスでAが皆に追い出されたとき、つぶやいた「○○○○」という言葉の意味を。


(次回に続く。)