受験老人日記~高齢で医学部と司法試験に大挑戦~

還暦を迎えた男が、医学部と司法試験を同時に合格することを目指すという無謀な冒険に乗り出した

宗教・死後の世界・超能力(その9)~事件

ある日のことである。
受験老人は大学のキャンパスを歩いていた。
すると、生協の前に人だかりがしていた。


受験老人が覗き込むと、大勢の人々が2人の男を取り囲んでいた。
周りに立った大勢の人たち・・・・100人くらいはいただろうか・・・・のうち、マイクを持った者をはじめ、何人かがその2人に向けて罵声を浴びせていた。
2人の男は座っていて、俯いていた。


えっ・・・・


それは、受験老人が統一教会に行くことになったきっかけを作った同級生Aと、
もう一人は、よく教会で会っていた、T大生の統一教会の信者だった。
そいつも気のよさそうな男だった。


2人を責めつけている、マイクを握っていた者も受験老人は学内でよく見かけていた。
彼は当時T大の駒場キャンパスを牛耳っていた民青(民青同盟)の一員だった。
よく学内で演説しているところを見かけていた。
彼は、迫力のある明瞭な声で、マシンガンのように言葉を発している。


「皆さん、学内で今、恐ろしいことが起こっています。」
「原理研の者たちは皆さんを洗脳し、自分のセクターに引き入れようとしています。」
「いったん彼らに目を付けられたら最後、彼らはどこまでも追いかけてきます。」
「そして自分たちのとんでもない教えを、有無を言わせず押し付けようとしています。」
「何度でも話を繰り返し、洗脳されてしまうまでやめません。」
「洗脳されたら、授業にも出ずに統一教会の活動を続けることを強いられます。」
「仕送りも全部、教会に吐き出すことになります。」
「親も捨て、最後は大学もやめてしまわねばならなくなります。」
「こんなことが、はたして許されていいのでしょうか。」
「特に何も知らない新入生の皆さんにとって、このような人達は害でしかありません。」


・・・・巧みなアジ演説だった。彼らはこうした演説はお手のものだった。


一方的に言われ、Aともう1人は、何も言い返せず、黙って項垂れているだけだった。


周りを取り囲んでいる人たち・・・・その大部分は普通の学生だった。
だが、彼らの顔にはいずれも、2人を非難するような表情が浮かんでいた。
そして、2人をばい菌でも見るような目で見ていた。


・・・・受験老人は、なぜかこの光景に違和感を覚えた。
原理研って、本当に怖いところなのだろうか。
自分はまさに、原理研の人たちと接している。彼らの話を聞き、研修まで参加した。
それを洗脳だ、と言っていいのか? でも、自分は洗脳はされていない。
むしろ民青の、周りを煽って原理研を排除していこうとする姿勢に疑問を覚えた。
それに、原理研の教えが、民青の言うように「とんでもない教え」か????


そのように受験老人は言ってやりたかった。
このような、つるし上げのようなやり方は間違っていると。


・・・・だが、できなかった。
圧倒的な人数の前で、しかも大部分が原理研の2人を非難している中で、2人を擁護するような発言をするには勇気がいった。


逆に受験老人は、自分のことを2人から見つからないように、思わず後ろの方に隠れた。
見つかると、2人は受験老人に助けを求めてくるかもしれない。
自分も彼らの仲間だと見なされ、学生たちから一斉に非難の目を向けられる・・・・


そう思ったのだ。
卑怯者・・・・頭にその言葉が浮かんだ。だが仕方なかった。。


「みなさん、こんな人たちは、校内から追い出しましょう。」
司会は、仕上げにかかった。
「皆さんの力で、こんな人たちを排除しなければなりません。」
「皆さんが安心して学生生活を送れるようにしなければなりません。」


そして、何人かが2人の腕を掴んで立たせ、後ろから押し出した。
「皆さん、一緒に叫びましょう。原理研は学内から出ていけ〜。」


周りの一般学生は、慌ててその声に従った。
「出ていけ〜」
「出ていけ〜」
「出ていけ〜」


大きなシュプレッヒコールが鳴り響いた。 
そうして、2人は押しやられ、追い立てられるように去っていった。
民青の人たちをはじめ、周りの一般の学生たちも、学内から悪を追放したと、
晴れ晴れとした表情を浮かべていた。


そんな中で、受験老人は1人、いたたまれない気持ちと、2人を助けてやれなかったという罪悪感が混ざったような気持だった。


しかし、受験老人は、押し出された時、Aがある言葉を発するのを聞いた。
「〇〇〇〇」。


その言葉は、なぜか受験老人の耳にこびりつき、いつまでたっても消えなかった。
Aがなぜその言葉を発したか。考えても分からなかった。


だが、それは後に明らかになる。
それは、それまで私には聞かされていなかった、驚くべき彼らの思想だったのだ。


(次回に続く。)