ぼんやり考えた
センターが終わったあと、受験老人は昨日は一日、仕事で残業をしつつ、ぼうっとしていた。
頭の中では、ああ、自分はもっといい点が取れたのではないかという考えが渦を巻いていた。
数ⅠAで答えの欄を書き間違えて10点くらい落とした。
物理と化学で普段はしないような簡単な間違いでそれぞれ10点落とした。
英語は・・・・ああ、何でこんな単純なミスをしたのだろう。あと20点くらいあって当然だった。
何だかんだで、もっと注意していたらあと50点くらい伸ばせたのではないか。悔しい気持ちがあふれた。
だがすぐに思い直した。不注意ミスも含め、自分の実力だ。
注意することで、たとえその箇所が正解になっていたとしても、きっと別のところでミスをしていただろう。
それが自分の実力だ。少なくとも現在の。
じゃあ、医学部受験と司法試験予備試験の二刀流でやらず、医学部受験一本に絞っていたらもっと良い点が取れただろうか。
・・・・これについてもはなはだ疑問である。いくら勉強時間を増やしたとしても、実力は容易には伸びないだろう。
実際、昨年12月末からセンター試験の模試をやり始めたが、当初はぐんぐん伸びたものの、途中から伸びがストップし、下がりすらした。
これらを考えると、私がセンターの前日、神様に祈った言葉、すなわち自分の実力がそのまま発揮できるようにという願いを神様はそのまま聞き届けてくれたと思う。
神様には感謝しなければならない。
このセンター試験の状態で二次試験を本当に受けるかどうか。受験老人はまだ決めていない。
ただ、私の心の中で、1つ、大きくクローズアップされてきた大学がある。大学名は言えないが、私にとってはその大学を目指す必然的な理由がある。
出願するかどうか。だんだん時間が迫ってくる。決めるのは最後は自分だ。
そして、もうひとつ考えたこと。それは、もしかしたら私にはもう一度だけチャンスがあるのではないかということ。
私の定年にはまだあと1年ある。そして、今年が最後だと思い込んでいたセンター試験のスタイルでの一斉テストは、実は来年が最後だということを知った。(間抜けな話。)
だから、いざとなればもう一年、働きながら挑戦できる。そうなると事情は大きく変わってくる。
ああ、しかしそんな逃げ道を用意してはいけない。あくまで目の前に迫ったことに全力を傾けるのだ。退路は断つ。
・・・・そこまで考えた時、そういえば予備試験の出願締め切りっていつだったっけと、ふと思った。
そしてぞうっとした。
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