受験アスリートの大量出血
今年の夏は暑かった・・・・。うだるようだった。
私の職場も夏になるとクールビスが許されたが、私は思いっきりラフな格好をした。
もちろん、職場の外の人と会う時はきちんとした格好をしなければならない。失礼だからだ。
だが、そんな予定が入らない時は、できるだけ軽装。ユニクロで買ったペラペラのズボンと、一応襟のある薄手の半そでシャツで過ごした。
特に通勤時は通勤カバンを背中に背負い、880円で買った運動靴で歩いた。職場では100円ショップで買ったサンダルに履き替えたが。
そして、自由になる手にはいつも参考書を持ち、読みながら歩く。二宮金次郎勉強法を続けた。
歩きながら、又は電車で立ちながら勉強すると、頭が活性化する。
歩くという行為、勉強するという行為、前から来る人に気を付けるという行為を一度にやらなければならないからだ。
歩きスマホと変わらないため怒られてしまいそうだが、まあ、できるだけ人の少ない所を通ったり、勉強の内容を工夫することでうまくやっていた。
私は、こういう器用なやり方で勉強することで、自分自身を鍛えているという気になり、自己満足に浸っていた。
そうして、用があれば、少し遠くても、歩いて行った。食事でも、買い物でも。土日などは特にそう。
歩けば歩くほど万歩計の歩数が稼げるし、また勉強も進むからだ。
毎日、1万2千歩くらいは歩いた。これで健康にもなれる。勉強と運動の二刀流だっ!
・・・・私はそんな自分を「受検アスリート」と勝手に呼ぶことにした。
しかし、ある時、手痛いしっぺ返しを食らった。
ある日、図書館に行く途中のこと。私はいつものように数学のチャートをやりながら歩道を歩いていた。
ところが、目の前にあるポールが見えず、腹からまともにぶつかり、そのままもんどりうって転んだ。地面に鼻をまともに打ち付けた。
打った箇所が箇所だけに、気を失いそうになった。ドバっと血が出るのが分かった。
すぐには動けない。私はうつぶせになったまま動かないでいた。
すると、ほどなく人々駆け寄ってきた。「大丈夫か。」「救急車を呼ぼうか。」
ありがたかったが、その中に「なんでこんなよく前が見えるところで・・・・」という声が混ざっているのを聞き、「やべえっ」と思った。
なんでこんなおっさんが高校の参考書なんか見ていたんだ、と言われるのが嫌だった。恥ずかしかった。
私は私の身体の横に落ちたチャートをそうっと引き寄せ、私の腹の下に隠した。
「いやあ、ぼうっとして前を見ていなかったもんで。しばらく休めば大丈夫です。」
そう言って、人々が立ち去るのを待ち、ちょっと血を拭って、そのまま図書館に行った。
図書館に着くと、受付の女の人があっと大きな声を上げた。「大丈夫ですかあ。」
鏡を見ると、拭ったところから、再びどくどく出血してきていた。鼻血ではなく、鼻の上だった。
「さっきお客さんから、近くで倒れている人がいる。見に行った方がいいと言われたところでした。貴方のことだったんですね。」
そう言って、図書館の女の人は丁寧に応急処置をしてくれた。
私は照れ臭くなり、図書館で本を借りられぬまま、逃げるようにその場を立ち去ったというわけである。
その傷はいまだに消えておらず、鏡を見ると思い出す。
ああ、二宮金次郎の時代と違い、現代には障害が多い・・・・。
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