勉強ができなくなる
私は、そうして、東大を受けようという思いが徐々に高まってきた。
だが、それどころではなくなった。
2年生の体育祭のスピーチで私はまた失敗した。
全く言葉が出てこなかったのである。何を話したらよいか分からなかった。
ど緊張し、その場に立ち尽し、あうあうという言葉しか出なかった。
ほとんど何も喋れずに席に帰る私を、皆は異様なものを見る目で見た。
私は、自分は馬鹿かと思った。
話をすることなど、誰でもできる。感想など、誰でも言える。
でも自分にはそれができない。
自分はいったいどうしたのだろう。
体育祭が終わった。3年生の体育祭では、自分がリーダーになる可能性がある。
どうやったらよいのか。私には分からなかった。
人前で話すことは克服した。だが気の利いたスピーチができない。
チームリーダーとして、あうあうしか喋れなかったら大変なことになる。
まあしかし、うまくやる方法はある。クラス委員にならなければいいのだ。
クラス委員になるから、皆を代表してスピーチをしなければならないのだ。
クラス委員にさえならねば、何も問題はない。
そう考えて、私は策を練った。
3年生になった。クラス委員の選挙があった。私はさっと手を挙げた。
「○○委員になりたいです。」
そう、別の委員になっておけば、クラス委員には選ばれず、体育祭でのチームリーダーを回避することができる。私が練りに練った回避方法だった。
ところが別の者から抗議がなされた。
「そりゃ手順がおかしくないか。まずはクラス委員を選んで、その他の委員はその後だろう。」
よ、余計なことを・・・・。思いもよらぬ事態だった。
私は抗議した。
「いや、クラス委員はチームリーダーを務めなければならない大事な役目だ。私はやりたくない。」
すると皆はいっせいに反発した。ずるいっと。
なぜかそのことで目立ってしまい、逆に私はクラス委員に選ばれてしまった。全員一致だった。
今でいうとマーフィーの法則というか、いや、私の作戦の完全な失敗だった。
チームリーダーとして何も言えずに立ち尽くす姿が目に浮かんだ。
そうして私はそのことでずっと思い悩んだ。
3年生になってしばらくして、部活が終了した。これ以降は勉強に集中しなければならない。
だが、私はとてもそんな気持ちにはなれなかった。
勉強はほとんどできなくなった。スピーチのことを思うと、気になって仕方ないのである。
一方、3年生になって、勉強は急激に難しくなった。
理系に行くことを決めた私は、数学も、物理も、化学も、本腰を入れて取り組まねばならなかった。だがそれができなかった。
成績は急降下した。当たり前である。勉強をしないからである。
授業中は先生の話が耳に入らず、家でもぼうっとしていた。
数学のテストでは100点満点で5点しか取れなかった。先生にどうしたのかと聞かれた。
東大を受けるなど、夢の夢になってしまいそうだった。
そうして夏休みも終わり、3度目の体育祭が近づいてきた。
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